ただ、その翌日は、結局社長さんずっと会社にいらっしゃって、彼女からの連絡はなかったんですけどね。
Aさんは社長さんに頭をさげて、「先日はどうも申し訳ありませんでした。
うちの製品が原因で御社の業務に支障をきたしてしまって……」
そんな感じで恐縮しまくって頭をさげる。
ただ、このC社の社長さん。もともと気のいい人だから、あまりカリカリは怒らない。
逆に、律儀に謝りに来たAさんをたいそう気にいって、それならパソコンも入れ替えようかなんて話になってきた。
これはもう、Aさん営業マンとしての腕の見せ所ですよね。
うまくいけば、近々パソコンまで買ってもらえるかもしれない。
余談ですが、こういうときはすぐにセールスの話に入っちゃいけないそうです。
いきなりセールスの話をすると、せっかく買おうという気になっている相手も、たちまち買う気が失せる。
だから、とにかく、相手に話させる。雑談でも世間話でもいいから、相手に話をさせて、自分は聞き役に徹する。
聞き上手になることが、とっても大切だそうです。
ところがこの社長さん、とにかく話好き。
ひとしきり話相手をさせられるハメになった。
正直、忙しいAさんにとってはツライ。
でも、お得意さんだし、新しい契約もしてもらえそうだからムゲにはできない。
実はけっこう、中小企業の社長さんって、こういう話好きの人、多いらしいです。
「Aさんは、営業マンとしての経験は長いんでしょうな」
「いえ、それほどでもないですが、今年で7年になります」
「確か、営業部の主任さんでしたな。若いのにたいしたもんだ」
なんて話が延々と続きます。
そのうちお茶を替えに来たE子さんが、Aさんの左手の結婚指輪に目をとめ、「あらっ、Aさんって、ご結婚なさってるんですか」と話を振りました。
するとそれをきっかけにして、社長の話題は、Aさんの結婚や子供のことに話が移っていきます。
「Aさんはもうご結婚何年目ですかな」
「あ、はい。結婚して2年になります」
「あんたの奥さんなら、きっとべっぴんさんだろうなぁ。お子さんは?」
「息子が1人おります。1歳になります」
「さぞやかわいいでしょうな」
「はい。妻と息子を幸せにすることが、私の夢ですから。念願の家も買いましたし、がんばらないと」
「ほぉぅ。若いのにたいしたもんですな。家はどちらに……」
な~んて話が1時間以上続いたそうです。
(さて、さすがにそろそろ……)
Aさんもあせってきました。
次の訪問の予定もつまってますし、いつまでも社長の機嫌とってるわけにもいきません。
でも社長さんはこの日は相当に暇らしく、なかなか彼を解放してくれそうにもあまりせんでした。
(まいったな。)
内心、困り果てながら、事務机で記帳をしているE子さんに目を向けました。
ところが、今日に限ってE子さんはまるでAさんと目を合わせようとはしません。
それどころか、ずっとうつむいたままです。
仕方なく、とうとう、Aさんは・・・・・・