定年後の夫婦の現実②
奥さんは、意を決したように、こうおっしゃいました。
「主人が長年働いてくれたことにはもちろん感謝しています。
骨休みも必要だと思いますし、ゆっくりしてほしい気持ちもあります。
でも、主人とずっと家にいることは、私にとって想像以上にストレスがたまり、大変なことでした。
ちょっとしたことで、主人との喧嘩や言い合いも増えてしまった気がします。
主人のことを嫌いなわけではないですが、正直、この生活に限界を感じています」
Aさんは、奥さんの話を聞いたあとも、黙ったままでした。
反論するどころか、発する言葉が見つからないようでした。
確かに定年後は家にいるようになったが、それの何がいけないのか、わからないといった感じでした。
私はAさんに、こうお伝えしました。
「奥さまのお話は、定年退職されたご主人との生活に関する代表的な悩みのひとつです。
よく、小学生の子どもが夏休みになると、お母さんは給食がないぶん、昼食の支度が増えて大変だという話を聞きますが、定年退職後の夫がずっと家にいるのは、その数倍以上の負担がかかります。まさに旦那の無期限の夏休みに付き合わされているのに等しいと言ってよいでしょう。
奥さまは、食事にも手を抜かず、家事もきっちりされる方のようですから、そのぶんどうしてもストレスがかかってしまうんです」
Aさんは、絞り出すようにこうおっしゃいました。
「私の食事をつくることが妻のストレスですか?」
「いえ、奥さまは食事の支度をするのが嫌だとおっしゃっているのではないのです。
ですが、Aさんがくつろいでいるときも、奥さまは家事という「お仕事」をされておられます。
もちろん、それは今までも同様にされてきたことですが、夫がいつも家にいるという環境自体、奥さまにとって必然的にやること、考えることが増えますし、反面、ご自身の時間はなくなる、やりたいこともできないといった、逃げ場のないストレスがたまることになります。
なので、ちょっとしたことで衝突することもすごく増えます。
それを理解されたうえで、お二人の過ごし方を考えていく必要はあると思うんです」
このあと、Aさんと奥さまを交えて、2時間ほど話し合いが続きました。
はじめは不満そうだったAさんも、いろいろお話をさせていただくなかで、なんとか納得に至ったご様子でした。
奥さまからも、「牧口さんのほうから、私の思いを話していただけたことは、とてもありがたかったです。全部吐き出すこともできて、すごく気持ちが楽になりました」と仰っていただけました。